高校奨学生の声

資格や技術を基盤に、やりたいことを

東京都 3年 菊地 貴英(たかひで)

 将来の夢は「自分のやりたいことを仕事にする」ということです。しかしその「やりたいこと」というのは、具体的に決まっているわけではありません。
  生物学と心理学、現在勉強しているIT関係など、興味のある分野が幾つかありますが、将来的にはこの興味のある分野を開拓し、「やりたいこと」となるように発展させていきたいです。そのために、高校では各分野についてたくさん勉強し、理解を深めていこうと思います。
 しかし、「やりたいことを仕事にしたい」というのは誰もが考えています。そんな理想論だけを掲げていては話になりません。不安定な夢を追いかけるには、現実的にそれを支える「保険」が必要です。比較的就職率の高い工業高校に通っているのでそこで大事な資格や技術を身に付けて自分の強みとすることで、「保険」を作りだそうと考えています。将来起こりうる「夢を諦めざるを得ない状況」に備えるにあたり、いちばん重要な時期はいまなのだと思います。
 進学・就職を少しでも有利にするため、資格取得に励んでいます。昨年はITパスポート試験(ITに関する基礎的な知識が証明できる国家試験)にDD第三種(ブロードバンドインターネット等デジタルデータ伝送に関わる接続を範囲とする工事担任者資格)の勉強も始めました。資格は一度取得すれば一生ものとなるので、積極的に挑戦する価値があると思います。もちろん資格だけでなく、学校の定期考査のほうもクラス1位を維持できるようにがんばっています。
 私に進学する機会を与えてくれた交通遺児育英会、そして両親には、とても感謝しています。立派な社会人になることで、恩返しをしていきたいです。

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看護師の夢をあきらめない

岐阜県 2年 鈴村 春奈

 看護師を目指しています。通っている学校は進学校ではないため、普通科で履修するようなことが十分に学べません。そのため、進学を目指す生徒を対象に放課後に行われている補習を受けることが大切だと思います。また、自分では分からないことがたくさんあるので、先生に相談して納得のいくように進路を決定したいです。
 まずは授業中に先生の話をしっかり聞き、テストでは上位に入るよう懸命に勉強し、たくさんある検定や資格試験を受けながら勉強する癖をつけて、国家試験の練習になればと思っています。
 勉強の息抜きには、2015年のワールドカップからはまっている男子バレーを見て、リフレッシュしています。看護師になる夢を絶対に諦めないでがんばりたいです。

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吹奏楽部に所属 オーボエに夢中

愛知県 2年 松本 彩見(あみ)

 吹奏楽部に所属しています。高校は全国を目指すような強豪校で、私もそれを期待して入学しました。パートはオーボエです。地域の演奏会に参加し、夏は高校野球の県大会で演奏し、日本テレビ「24時間テレビ 愛は地球を救う」にも参加しました。
 また、交通安全イベントでも演奏しました。愛知県は交通事故が多いので、こうしたイベントを大々的にやりますが、交通遺児育英会の奨学金を利用している私が交通事故防止の活動に参加でき、良い体験になりました。被害者家族の気持ちが分かる分、もっと事故防止を訴えたいという気持ちになり、心を込めて演奏しました。

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部活中心の3年間 引退は名残惜しい

三重県 3年 倭 晴菜(やまと はるな)

 3年間はとても早く過ぎたと感じています。夜遅くまでバドミントンの部活動をして帰ってきてご飯を食べて、お風呂に入る日々の繰り返しで、部活中心の生活。よくがんばったと思います。
 1年のときから一人で先輩方の練習に加わったりしました。週に2回の外練では夏場は5キロ、冬場は8キロの長距離走をしてきました。練習はつらくて、えらくて、夏休みも冬休みもほとんどなかったけれど、がんばってきた分、いざ終わるとなると名残惜しかったです。部活で多くのことを学ぶことができました。いろいろな場面で心を強くしてくれたように思います。
 学校では、とても気の合う友達もできて毎日が楽しかったです。将来の選択も悔いのないようにしたいです。

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アメリカ語学研修で「多文化」を実感

兵庫県 2年 嶺山 和希(かずき)

 高校生活は、初めは慣れるのに時間がかかり、友達作りもうまくできませんでした。通学時間も2時間かかり、課題へのストレスから、逆流性食道炎という病気に悩まされました。
 しかし、さまざまな学校行事を経験するうちに、本当に良い仲間ができ、いまでは毎日が楽しくて仕方がありません。
 私の高校は、いわゆる「普通科」ではなく「国際科」なので、学校内でのカルチャーショックも多々あります。ラジオ体操を英語でしたり、百人一首大会の読み札も英語で読まれ、日々の生活の中で自然と英語に親しみやすい環境が整えられています。周りの友達も皆、同じような目的をもって通っているので、勉強も集中しやすくて、本当に良い学校だと実感しています。
 そんな学校生活を送るうちに、自分の英語力を試してみたいという気持ちで、アメリカ語学研修に参加しました。初日からホストファミリーと私の間にハプニングがたくさんありましたが、いま思えば、それもすべてよい思い出です。
 私のホストファミリーはメキシカンの方々だったので、日々の生活言語はスペイン語でした。家族同士で話されると何を言っているのか分かりませんでしたが、ホストの方々は、私に話しかけるときは、英語を使ってくださいました。周りの友達とは少し違った体験ができたおかげで、よりいっそう、誰よりも「多文化」というものを感じ取れたと思っています。
 これからも世界に目を向け、さまざまな経験を通して、夢に近づけるよう精進していきます。

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当たり前が当たり前ではなくなる

群馬県 3年 横堀 雄一

 私は、いままで全くと言っていいほど読書をしてこなかったが、毎回、現代文の定期テストであまり良い点数が取れずにいたので、読解力を高めようと、友人から薦められた東野圭吾の『秘密』(文春文庫)を読み始めた。
 この作品は、親子3人の奇妙な「秘密」の生活を描く。ある日、実家へ向かう妻と娘を乗せたバスが転落し、妻は亡くなり、娘は奇跡的に助かった。ところが、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは死んだはずの妻であった。その日から残された夫と娘(妻)の切なくて不思議な生活が始まる。
 この本を読んで、大切な家族の1人を失った夫の気持を考えると、とても胸が痛くなった。私も幼稚園の年長組のときに父を亡くしてとてもつらい思いをしたのだ。母から父が亡くなったと告げられた瞬間のことは、10年以上たついまでも鮮明に覚えている。当たり前のようにいた父が突然亡くなったという事実を、どうしても受け入れられなかった。これが、自分の人生の中で初めての、「当たり前だったことが当たり前でなくなった瞬間」であった。
 「たくさんの当たり前が当たり前ではなくなる」ことが、これからもたくさんあると私は思っている。例えば、いま毎日のように一緒にいる友だちも、高校を卒業すれば、離ればなれになるだろう。その当たり前でいられるいまを、精いっぱい楽しみながら生き、後悔のないようにしたいと思う。

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自分の思いを伝える大切さ

大阪府  2年 寺奥 みそら

 私は、いままでけんかをあまり経験せずに、努めて平和に過ごしてきました。元々、言い合いがとても苦手で、それを避けるために、機嫌を悪くさせないようにと、相手に合わせることに必死でした。
 このままで本当によいのかと思うことは何度もありましたが、そのような自分を変える自信もなく、ずるずると高校の生活に突入していました。
 ところが、1年夏の3週間のアメリカ語学研修でその文化に触れ、自分も変わろうと決意したのです。現地の人は積極的で、思ったことはすべて口に出して、はっきりと言い切っていました。そんな姿を見て、思ったことを怖がらずにいうべきだ、と改めて気付かされたのです。
 帰国した私は、出発前とは打って変わり、自分の思いに自信を持てるようになりました。
 ある日、部活で同期生だけの話し合いの場があ り、自分の思いを伝えようとしました。でも、いざその場になるとできませんでした。そして、3人とぶつかってしまい、その後しばらくは、互いに目があっても話すこともなく、一緒に帰ることもなくなりました。
 その間は本当につらく、あまりのつらさに3人が帰ったあとに泣いてしまいました。
 それを見た先輩の1人が、私の思いを聞いて、「嫌やろうけど、話し合ったら」とアドバイスをしてくれました。しかし、自分から話しかけることには抵抗があり、なかなかできませんでした。
 そうしていると、相手の1人が話しかけてくれたのです。私は自分の思いを伝え、その日のうちに仲直りできました。「思っていることは堂々と言ってくれた方が良いよ。その方がお互い悩まずに済むから」と相手に言われました。
 このけんかから、自分の思いをしっかり伝える ことの大切さを学び、友だちを持つことのありがたさを身に染みて感じました。

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日本食の良さを海外に広めたい

宮崎県  3年 高見 翼

 一昨年は米国語学研修という貴重な体験をさせていただきました。私は管理栄養士を目指していて、他の国の食文化を知りたいという理由で応募しました。
 3週間の研修では、食文化の違いをじかに感じることができ、仲間を作ることの大切さも知ることができました。研修で共に過ごした仲間は、何か特別で、これから先も長く付き合っていきたいと思っています。
 また、ホストマザーをはじめとする現地の方々の温かさ、優しさを身に染みて感じました。
 この経験を通して、改めて管理栄養士を目指したいと思ったし、それに加えて新たな夢もできました。それは、日本食の良さを海外に広め、また、世界で飢餓に苦しんでいる子どもたちを助けたいというものです。
 私にできることは小さなことかもしれませんが、身に付けた自信と誇りをもって、実現できればいいなと願っています。
 そのためにも、大学進学に向け勉学に励まなければと思います。
 いよいよ受験シーズン。明確な目標を見つけ、がんばっていきます。

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長生きできるように体と心のケアを

青森県  2年 松嶋 桃加

 福祉関係の仕事に就くのが夢です。取れる資格は、できるだけ取りたいと思っています。2年進級前にコースの選択があり、私は介護や保育などについて学べる「未来創造コース」に進みました。
 授業では多くの介護施設や保育園を見学し、実習体験をします。中学で福祉体験の授業があり、保育園で小さい子の世話をしたり、介護施設で年配の介護士と一緒に作業したりして、大変だけど楽しいと思ったことが、進路選択の決め手となりました。
 いま、介護士と保育士の人員不足が社会問題になっています。一方で、介護士や保育士による利用者への虐待の報道も目にします。
 どうしてこのような行為をしてしまうのか、その理由のほとんどが「言うことを聞いてくれなかったから」や「うるさくしていたから」だそうです。でも、それだけの理由でいじめるなどあってはいけないことだと思います。
 こういう状況で、なぜ自分が福祉の仕事に就きたいか、人手不足というのもありますが、周りの年配の人が長生きできるように体と心のケアをしてあげたいと思うからです。世話されている人自身が家事など生活面で少しでも自立できるようにサポートしていければと思います。

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いつか母と祖母にお小遣いをあげたい

大阪府 2年 濱田 健太

 小学2年から野球をやっていて、高校でも野球部に入部。ポジションはピッチャーとセンターで、1年の夏から先輩に混じり公式戦に出場しています。冬の練習のときに次のキャプテンをやってみないかと言われ、びっくりしました。兄も同じ高校の野球部で副キャプテンをやっていたのです。初めはすごく不安でしたが、いまは兄に負けないようにキャプテンとしてがんばっています。
 昨年卒業の兄は陸上自衛隊に入隊しました。ボーナスが出て帰省したときに、母と祖母にお小遣いをあげている姿を見て、いつか僕もと思いました。兄のように自衛隊に入ろうかなと少しだけ考えたりもしますが、将来の進路についてはまだ決めていません。
 いまは、高校生活を目いっぱい楽しみながら成長していければと思っています。祖母と母、兄と私の4人家族。事故で亡くなった父のことは、生後10か月だった僕には何の記憶もありません。
 これからも「あしながおじさん」にいっぱい助けていただくことになるかと思いますが、感謝の気持ちでいっぱいです。

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英語のスピーチ・ コンテストに出場

長崎県  3年 吉福 愛哉音(あやね)

 昨年、米国への語学研修に参加させていただき、ホームステイを通して、お金にはかえられない貴重な価値のある経験をしました。米国ではたくさんの仲間と出会い、自分が英語力のないことも痛感しました。
 それをきっかけに、もっと英語をがんばろうと強く決意し、学校の先生の勧めもあって、長崎県の商業学校が集うスピーチ・コンテストに出場しました。
 それまで、私の高校は一度も出場したことがなかったので、コンテストがどのようなものかまったくわかりませんでした。学校のテスト期間とも重なり、英検も近い時期であったので、私はあまり練習ができずに本番に臨んだのです。
 コンテストの結果は奨励賞。初出場で練習不足もあり残念な結果になってしまったので、次に挑戦するときはしっかり練習して出場しようと思っています。
 この1年間は本当に充実していました。その分、忙しかったけど、忙しいときが一番充実しているのだと、いまは思います。
 行きたい大学は、大体決まっています。希望は私立で、特待生として合格できればと願っています。あまりお金がかかり家族に迷惑がかからないように、勉強を一生懸命がんばりたいです。

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将来の夢は警察官になることです

東京都  3年 菊地 幸秀

 将来の夢は警察官になることです。特に、交通課の警察官になりたいです。母は私が生まれる前に交通事故に遭い、足に障害が残ってしまいました。そんなハンディを背負いながらも、パートをしつつ家事をして、私たち兄弟3人を育ててくれました。そうした苦労を知っているので、私は警察官になって、人々に交通安全教室などを通して交通事故への高い意識をもってもらい、交通事故のない町にしたいと思っています。
 そのためには、大学へ進学してさまざまなことを学びたいです。学校では早朝の「朝勉」という活動があります。それに参加する一方で、電車通学の時間も英語を覚えるなど、隙間の時間を活用して勉強に励んでいます。
 最後に、いつも夜遅くまで働いている父、足が不自由ながらも毎日弁当を作って家事をしてくれる母、育英会の「あしながおじさん」に、感謝を申し上げます。

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カナダ留学で私は変わった

奈良県 2年 豊島 めぐみ

 昨年の一番の思い出は、夏休みの1か月間カナダへ留学したことです。
 英語を学ぶだけではなく、日本との文化の違いに驚いたり、毎日発見することばかりで楽しい体験でした。ホストファミリーはとても優しい方々で感謝しています。以前から私が行きたかったナイアガラの滝に連れて行ってくれたり、おいしいご飯でもてなしてくれたりしました。
 留学のおかげで、ネイティブの英語に触れることができ、現地の人以外にも、イタリアやドイツ、香港からの留学生とも友だちになれました。今でも、留学生たちとは英語で頻繁に連絡を取り合っています。
 進路選択で文系に進んだ大きな理由の一つは、この留学体験です。高校時代に英語力をもっと上げておく必要がある、と実感しました。大学生になったら、他の国にも、もっと長期間の留学をして、世界各地の良さを知ることができたらいいなと思っています。留学とは不思議なもので、ただ日本から海を渡っただけなのに、視野が広がり、自分の中で何かが変わった気がしました。本当にありがとうございました。    

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前向きに努力する人を応援

大阪府  2年 村田 亮我(りょうが)

 自分は何ごとにも努力し、人の輪の中に入っていく方だと思う。でも、皆がそういうわけにはいかない。勉強や部活をさぼる人は、さぼれば自分に損しかないから、それは個人の問題だろうが。そういう人は、合唱コンクールや掃除、皆で作り上げる行事にも参加しない。1人が欠けるだけで、進まない仕事もあるし、決めづらいことだってある。その人の少しの欲のせいで、皆に迷惑がかかるのだ。また、参加はするが、適当に流す人は、〈なんで自分がそんな事をしないといけないの〉と思っている。
 反対側には何ごとにも前向きで一生懸命がんばる人たちがいる。僕はそんな人たちを見ると安心し、そこが自分の居場所だという気がする。そのつながりがありがたく思え、互いに刺激し合って、どんどん良い方向に進んでいく。そんな経験もすることができた。さぼる人、参加しない人、前向きに努力する人……と、クラスにはいろいろな人がいるが、1人でも本気で成功させたいと考えている人がいるならば、手伝うべきだと思う。これが僕の悩みの種であり、これからも抱え続けるだろう。でも、人1人を応援することは、自分の長所だと思う。

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第一志望は国立大学看護学科への進学

愛媛県  3年 大判 真穂

 私は、この1年を振り返り、充実した時間を過ごすことができたと感じています。部活動では3年最後の大会まで、集中心を切らさずにやり通すことができました。
 学校行事では、ディベート「裁判員制度を排すべきか否か」でクラス代表として討論し、運動会では仮装を担当。本番で納得できる達成感を味わうことができました。
 修学旅行では、沖縄で人の温かさや自然の美しさに触れ、以来数か月は沖縄の大学に進学したいと思うほど魅了され、刺激を受けました。進路についても真剣に考える時間がありました。第一志望は国立大学の看護科への進学。塾に通う受験生と同じ土俵で競うのは厳しいと思いますが、自分ができることを精いっぱいやりたいです。第二志望は3年制の看護学校への進学。いまは大学の説明会や付属病院の体験申し込みなど、積極的に取り組んでいます。多少プレッシャーはあるけど、後悔しないように、何ごとにも全力で取り組んでいきたいです。

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赤川次郎作『ふたり』に励まされる

東京都  2年 長谷川 瑠峰(りゅうほ)

 父が交通事故で亡くなってから、早くも1年が過ぎ、2年目に入ろうとしています。時間の経過による〈忘れ〉というものは怖いもので、父のいない生活に慣れ始めています。
 昨年、私は赤川次郎の『ふたり』という作品を読みました。物語は2人の姉妹を中心に進んでいきます。姉の千津子は、成績優秀でスポーツ万能、頼りになります。一方、妹の実加は、勉強もスポ
ーツもいまひとつです。ある日、実加の目前で、千津子が交通事故に遭い、亡くなってしまいます。
 私は、大切な家族の1人を失ったという点では、同じだと思いながら、本を読みました。
 面白いのは、物語の中で死んでしまったはずの千津子が、実加の頭の中で生きているかのように、物語が進んでいくところです。
 もし、父が私の頭の中で生き続けていてくれたなら、と実加と自分を重ねて、読みました。
 実加は、自分がしっかりしなくてはいけないと感じ、少しずつ成長していきますが、実加のふとした一言で、千津子は、実加の頭の中からいなくなってしまいます。しかし実加は、それを受け入れ、乗り越えて、前向きに生きていきます。私も父の死を乗り越え、強く、前向きに生きていきたいと感じました。        

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世界が舞台活躍します

大阪府  3年 松井 百花(ももか)

 世界を舞台に活躍すること、これが私の夢です。高2の夏休みに、育英会のプログラムで、1か月間カナダへ行かせていただきました。
 以前から私は、海外という果てしなく広く見える世界に興味があり、英語も真剣に習得してきました。留学前の不安など一切なく、期待に胸を躍らせました。そして、留学は、期待を遥かに超える素晴らしい日々でした。
 毎日の生活で触れる西洋人の向上心の高さや、自主性の強さにまず感心しました。私は普段の生活で、日本人の集団にとらわれた思考や積極性のなさに疑問を抱き、つまらなく感じていました。彼らの姿は、私にとってまさに求めていたものであり、見習うべき手本でした。いつか彼らのように自分への自信を持って、彼らと共に働き、活気に満ちた生活がしたい、と思うようになったのです。
 カナダでの1か月は、日本でつまらない小さな人間関係や周囲からの評判を気にして生活していた私を、大きく良い方向に変えてくれました。彼らは相手に物事をはっきりと伝え、自分を周囲にアピールしていました。それを見て、私は日本人の小ささや臆病さを見た気がしました。あの最高に輝いていた1か月で、自分に自信を持ち、自己を表す大切さを叩き込まれました。
 必ずや、私は努力し、その努力ゆえの自信を持ち、自分の意見をしっかり持ち、彼らと同じフィールドで、世界を舞台に活躍してみせます。このような考えに至る機会をくださった育英会の方々には、感謝してもしきれないほどです。ありがとうございました。        

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自分で限界を決めない

神奈川県  3年 小野寺 洋昭

 私の学校は中高一貫校で、中学3年間と高校2年間の5年間、柔道部に所属し活動していました。柔道はとても奥が深く、自分で限界を決めてはいけないということを教わりました。
 それは勉強面にも言えることです。テスト前に、「これだけがんばったからもういいだろう」と自己満足していた時期がありましたが、そうではなく、「もうちょっとがんばろう」と思えるようになりました。それからは、小テストなどでも点数が上がり始めました。
 しかし、勉強と部活の両立はとてもつらかったです。部活を終え帰宅すると9時を過ぎていて、ご飯を食べ入浴したりしていると、すぐに10時になってしまいます。それから勉強しようとすると、眠くてぜんぜん集中できずに、そのまま寝てしまうことも多かったのです。
 朝はいつも7時に起きていたので、それほどつらくない。通学時間は電車やバスを合わせて1時間半ほどあり、その時間を利用して、勉強していました。
 クラスでの私は、「とても明るく、ムードメーカー」と、皆によく言われます。コミュニケーションをとるのは得意で、その場の空気を和ませたりするのは、とても好きです。友だちも多く、男女の隔てなく、クラスメートと楽しい毎日を過ごしています。どの学校行事にもいつも積極的に参加するので、その分、達成感も大きいのだと思います。何ごとにも限界を決めずに、自分なりにがんばってきたから、楽しい毎日を過ごせたと思っています。離れずにずっと助けてくれた先生や、友だち、家族には、とても感謝しています。
 これからも周りにたくさんの迷惑をかけてしまうと思いますが、精一杯がんばっていきたいです。

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4月のラスト公演で主役を担う

香川県  3年 野間 優菜(ゆうな)

 私は演劇部で役者として活動しています。昨年11月の県大会では、優良賞をいただき、個人では優れた役者として、学校で唯一、名前を呼ばれました。
 演劇部での活動を通して学んだことがあります。
一つは協力することの大切さです。演劇は、役者と製作スタッフのみんなが協力して作品を作り上げていきます。
 中学では美術部に入部したため、個人で作品を作ることが多かったのですが、高校の演劇部では約15人の部員たちと、毎日意見を出し合いながら作品を作っています。自分では思いもつかない、新しい考え方や発想を聞くことができ、参考になります。
二つ目はコミュニケーションをとることです。公演の度に他校の方々と交流できる機会があります。互いの学校のことを知ることができ、普段から付き合えるような友人を作ることもできます。友人の幅を広げられ、切磋琢磨できる、部活動だと思います。
4月の公演が、私たち3年生にとって、最後の舞台となりました。そこでは主役をさせていただけるので、しっかりと演じ、悔いなく引退したいです。

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